研究紹介

疾患の病態解明や新たな治療法開発に向けた研究活動は、大学医学部の重要な使命です。

当教室では、臨床系の教室である強みを生かし、常に実臨床の場に還元できるような研究成果を得る

という視点で基礎研究・臨床研究を展開しています。

特に、肥満・糖尿病の病態解明を目指して、糖代謝における肝臓や脂肪組織の役割に着目し、先進的な研究を行っています。

また、生活習慣病を背景に起きる血管障害の新規機序の解明を進めています。

これら基礎研究に加え、子どもの健康と環境に関する全国調査であるエコチル調査(環境省主導)に参画するなど、積極的に臨床研究を行っています。

他施設との共同研究も多数行っています。

【研究プロジェクト】

基礎研究

●肝臓におけるプロテアーゼを介した糖脂質代謝制御

●脂肪細胞の細胞骨格因子を介した糖脂質代謝制御

●食欲調節シグナルを介した肥満関連血管障害の機序

臨床研究

●エコチル調査(子どもの健康と環境に関する全国調査)

●男性ホルモンと体型変化について

●ステロイド治療に伴う顔貌変化についての前向き調査

基礎研究

●肝臓におけるプロテアーゼを介した糖脂質代謝制御

高脂肪食が2型糖尿病の発症に及ぼす影響については十分に解明されていません。セリンプロテアーゼのプロスタシン(PRSS8)が、Toll様受容体4(TLR4)が仲介するシグナル伝達の調整により、肝臓のインスリン感受性を調節することが報告されています。肝臓特異的にPRSS8をノックアウトした(LKO)マウスを作成すると、肝臓でTLR4の発現が増加し、2型糖尿病で見られるようなインスリン抵抗性を呈します。これらの結果は、肝臓のPRSS8はインスリン抵抗性に対し保護的な役割があることを示唆し、PRSS8の補充療法は糖尿病の治療薬としての応用が期待されますが、PRSS8を過剰に発現させた際の影響は不明でした。そうした背景から、当教室において肝臓特異的にPRSS8を過剰発現させた(LTg)マウスを作成したところ、このマウスはLKOマウスとは逆にインスリン抵抗性・脂肪肝が改善することが分かりました。また、その機序としてPRSS8が膜型マトリックスメタロプロテイナーゼ(MMP14)の活性や細胞外シグナル制御キナーゼ(ERK)のリン酸化を調節することを発表いたしました(IJMS2021)。現在はこれらのより詳細な分子制御機構を解明することにより、肝臓におけるPRSS8の新規生理的役割を明らかにし、PRSS8を用いた糖尿病や脂質異常症の新たな治療法の開発につなげたいと考えております。

●脂肪細胞の細胞骨格因子を介した糖脂質代謝制御

世界的に肥満患者数が増加傾向であり、それに伴う糖尿病や脂質異常症患者が増加し、大きな社会問題となっています。肥満患者に起きる糖脂質代謝異常の根本的な要因として、脂肪組織における慢性炎症が指摘されており、この炎症を抑える方法の開発が待たれています。当研究室では、脂肪細胞の細胞骨格因子を調節することで、脂肪組織炎症を改善させ、糖脂質代謝異常を未然に防ぐことを目指し、遺伝子改変マウスを用いた研究をしています。ある細胞骨格因子を脂肪細胞で調節したマウスでは、対照マウスと比較して、脂肪細胞が拡大するものの脂肪組織炎症はむしろ改善します(この現象は、健康的な脂肪拡大 ”healthy adipose expansion”と呼ばれています)。この遺伝子改変マウスでは、肝臓に溜まった脂肪が、脂肪貯蓄能を増した内臓脂肪や皮下脂肪に移動し、糖尿病や脂質異常症が改善します。脂肪細胞の細胞骨格因子が、糖脂質代謝異常の治療のターゲットとなる可能性があり、その詳しい機序の解明を進めています。

●食欲調節シグナルを介した肥満関連血管障害の機序

肥満に伴う血管障害のメカニズムはまだ分かっていないことが多く、詳細な分子機構の解明が求められています。そのような中、食欲抑制に関わる分子として知られてきたメラノコルチン4型受容体(MC4R)シグナルの活性低下が、肥満、冠動脈疾患リスクを上昇させることが近年報告されています。そこで、当研究室ではMC4Rシグナル活性の低下が直接的に血管障害をもたらすメカニズムの解明を試みました。まず我々は、MC4Rが動脈硬化や動脈瘤といった血管病変へ直接浸潤するマクロファージにも発現していることを、世界で初めて確認しました。さらに、このマクロファージ上に発現するMC4Rシグナルが炎症関連遺伝子発現を抑制することで血管の脆弱性(もろさ)に対して保護的に働くことを示しました。マクロファージ上のMC4Rシグナルが、腹部大動脈瘤や動脈硬化症に対する新たな治療戦略につながることが考えられ、今後も研究を続けてまいります。

臨床研究

●エコチル調査(子どもの健康と環境に関する全国調査)

エコチル調査とは日本国内で10万組の子供と両親を対象とした疫学調査のことです。子どもの健康と環境に関する調査であり、妊娠した時から子どもが13歳になるまでを観察期間としています。その調査データを基にして、当研究室では様々な角度から研究を行っています。

その中で2つのテーマを紹介させていただきます。

◇妊娠中の体重増加量と低出生体重児、巨大児のリスク

妊娠中の体重増加量は、低出生体重児や巨大児のリスクと大きく関係しています。低出生体重児は出産後の死亡率が高くなり、成人後の高血圧や2型糖尿病、心疾患などのリスクが高くなります。そのため体重増加量の目標が設定されており、日本では “妊娠期間全体”の体重増加量が示されています。しかし本研究で妊娠期間の総体重変化が同じでも、体重増加パターンが異なると低出生体重及び巨大児のリスクに影響することがわかりました。例えば、妊娠期間全体で10kg体重増加した場合、妊娠初期から中期まで5kg、中期から出産時まで5kg増加した場合と、妊娠初期から中期まで7kg、中期から出産時まで3kg増加した場合、リスクが異なることがわかりました。今後、妊娠中の体重増加パターンが子供の生活習慣病とどのように影響していくか研究を続けるとともに、新たな体重増加量の目標を検討していきたいと考えています。

資料:https://www.yamanashi.ac.jp/wp-content/uploads/2021/09/20210928pr.pdf

◇糖尿病に罹患していない日本人における妊娠時のHbA1c値と妊娠糖尿病との関連

妊娠糖尿病とは、妊娠中に初めて指摘された糖代謝異常のことで、様々な妊娠中の合併症の要因となることが知られています。また、長期的には2型糖尿病の発症にも関与します。そのため、妊娠糖尿病の予防や早期発見が非常に重要であり、米国ではHbA1cの値を6%未満とすることが推奨されています。今回、妊娠時のHbA1c値でグループ分けし、妊娠糖尿病の発症との関連を分析しました。その結果HbA1c値が正常範囲内の5.0-5.4%であっても妊娠糖尿病発症の危険因子となることが分かりました。今後、HbA1c値を目安に妊娠早期からの食事や運動療法の介入を行い、妊娠糖尿病の発症を減らすことができるか検証していく必要があります。

資料:https://www.yamanashi.ac.jp/wp-content/uploads/2022/02/20220209pr.pdf

●男性ホルモンと体型変化について

男性ホルモン値とウエストおよびヒップの関係性について調査しています。健診受診者を対象とした横断調査および、LOH症候群(加齢性男性性線機能低下症候群)の患者さんを対象としたホルモン補充療法を前向き検討しております。

●ステロイド治療に伴う顔貌変化についての前向き調査

満月様顔貌(ムーンフェイス)はステロイド治療の副作用として有名ですが、好発の患者像・ステロイド量・出現時期など明らかになっておりません。リウマチ膠原病内科、腎臓内科のご協力を得て、新規にステロイド治療を開始した入院中および外来通院中の患者さんの願望変化を、メジャーで測定し調査しています。